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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

悩まない生き方のために、私たちにできること。

さて、突然ですが、いま底なし沼にハマっていると想像してみてください。
あなたは何とか脱出しようとして、もがいています。
しかし、底なし沼ですので、もがけばもがくほど沈んでいきます。
最初は足だけだったのですが、もがいている内に腰、胸、首と沈んでいきました…。


いきなり何を言っているのかと思われたかもしれませんが、これはあるメカニズムを説明するための比喩です。
それは私の思考という名の「悩み」のことです。
私たちは時に不安や恐怖、怒りなどにとらわれます。
何とかしようと様々な思考を巡らせたり、時には行動を起こして解決を試みようとします。
ところが、思考からやってきた悩みは解決しません。
それが現実に起こっていることではなく、思考によって作り出した「頭の中の現実」だからです。
何かをきっかけに、再び同じような悩みに囚われることになります。
以前よりも深い悩みとなって…。


これは私たちが言葉を使うようになってから生じた問題です。
言葉は頭の中に仮想の現実を作り出すことで、私たちにとって、良い方にも悪い方にも働きます。
あなたは、何か面白い事を思い出して、思わず笑みがこぼれてしまったことはありませんか?
あるいは、不安な事を思い出して、悩みの渦中に引き込まれてしまったことはありませんか?


言葉によって「頭の中の現実」を作り出す時、思考によって再生している出来事は、いままさに自分の身にふりかかっている現実であるかのように感じます。
誰かにだけ起きることではなく、言葉を使う私たち人間全員に起こることです。


このブログを読んでいる方の中には、今、精神的に幸福でないと感じてらっしゃる方がいるかもしれません。
それを特殊な状態だと感じて、何とか普通の、幸福な状態に戻ろうともがいていらっしゃるかもしれません。
でも、精神的に幸福でないと感じることは、私たち言葉を使う人間にとっては、ごく当たり前の普通のことなんです。
私たちは、いつだって、自分の幸福さを失わせる現実を頭の中に作り出すことができるのですから。


しかし、それは真の問題ではありません。
本当に解決しなければならない問題は、精神的に幸福でないことを「損なわれた状態」と捉え、何とか回復しようともがき苦しくことそのものにあります。
言葉によって生み出された頭の中の出来事にとらわれ、効果の無い(現実に即していない)行動を繰り返すようになります。
効果の無く、そして現実に適応していない行動の持続は、その他の行動を抑制することになるため、結果として個人の活動の幅を狭めてしまうことになります。


毎度毎度、同じパターンの悩みと行動を繰り返し、得られる結果も毎回同じ…全く解決の糸口が見えない。
そんな行き詰った状態に陥ってしまうのです。
まさに底なし沼に嵌っていくかのように。
私たちにとって、悩んでいるのは当り前の、ごく普通の状態です。
だから、悩みを解決しようと躍起になる必要はありません。
悩み始めたときは、「あ〜、何か悩み始めたな〜」と少し自分を俯瞰し、そっとそのままにしておいてみましょう。