これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

いまここ。禅と科学が交わるとき。

色々と学んでいて気付いたことですが、東洋の仏教などが教えることと西洋の科学が教えることが、妙に一致することがあります。
今回の記事は、「いまここ」という禅の教えと共通する内容ですが、実は「ACT」という認知上の問題を、科学的にとらえる手法をベースに書いています。
物事を突き詰めるのに色んなアプローチはあれど、結局のところ、どのやり方も行き着く先は同じなのかなぁ、などと思う今日この頃です。


さて、前回、底なし沼の比喩を使って、思考が生み出す悩みについて解説しました。
ポイントは次の5つです。




ポイント1:私たちは言葉(思考)を使って「頭の中の現実」を作りだし、その現実をあたかも今、実際に味わっているかのように感じてしまう。


ポイント2:「頭の中の現実」はいつでも作り出せるため、私たちは容易に精神的に幸福でない状態に陥ることになる。これは言葉を使いこなす私たち人間にとって、ごく普通のことである。


ポイント3:にも関わらず、上記の状態を「異常」と捉え、何とかして普通(だと思っている)の幸福な状態に戻ろうともがき苦しむことになる。しかし、「頭の中の現実」は何度でも再生することができるので、このアプローチでは解決に至ることはない。


ポイント4:結果、悩みをもたらす思考にいつまでも囚われ、「頭の中の現実」に合わせた行動が優位に立つようになる。そのため、他の行動が抑制され、個人の活動の幅が狭まってしまう。


ポイント5:毎回同じ行動パターンを繰り返すことになるため、現実も変わりようがなく、いくら頑張っても効果が上がらない。最終的には人生に行き詰まりを感じるようになる。




根本的な問題は、行動が「頭の中の現実」に合わせたものになってしまい、実際の現実に沿ったものにならないことです。
解決すべきことは他にあるのに、蜃気楼のような仮初の問題を何とかしようとしてしまいます。
それも、何度倒しても復活する問題です。
更に良くないことに、思考がもたらす悩みに囚われると、実際の現実への感受性が低下し、現実に適応する行動が抑制されてしまいます。
私たちが悩みの底なし沼から抜け出すためには、まず「頭の中の現実」に囚われた状態から脱却しなくてはなりません。


そのために役に立つであろう方法の1つが、「いま、この瞬間」に起きていることに注目することです。
考えることよりも、いま五感で感じていることに意識を向けます。
私たちは自分の考えに意識を向けると、五感で感じているものをシャットアウトしてしまいます。
例えば、こんな経験はありませんか?
友人や恋人、家族が話しているのに、自分の思考に集中してしまい、何を話していたか全く覚えていない…。
間違いなく話しかけてくる言葉を五感で受け取っていたはずですが、脳はその存在をあたかも最初から無かったかのように無視してしまいます。
これも、ある意味、思考に囚われた状態と言えるでしょう。


思考の囚われから脱却するには、五感で受け取っている刺激に意識的になるのが1つの方法です。
考えることよりも、いま実際に何を見て、何を聞いて、何を感じているのか。
そこに意識を向けてください。


いま目にみえているものは何ですか?


いま耳から聞こえてくる音は何ですか?


いまあなたが感じていることは何ですか?


そこにあるものが、いまここ、この瞬間にあなたを取り巻いている現実なんです。
それ以上でも、それ以下でもありません。
もしかしたらネガティブな感情を感じているかもしれませんが、それを思考と結びつける必要もありません。


ただ、不安を感じている。
ただ、イライラしている。


それを感じればいいのです。
ことさら良くとらえる必要もありませんし、悪くとらえる必要もありません。
それらの行為は、思考への囚われを生み出すだけです。
次のことを強く、お伝えしておきたいと思います。

『私たちの人生には、確かに痛みが存在します。
 しかし、苦しみは私たちの思考が生み出しているものです。
 思考が私たちの痛みを拡大し、持続させているのです。』


「いまここ、この瞬間」を五感で捉えられるようになれば、思考によって作られた「頭の中の現実」を回避する行動を抑えられます。
そうすれば、実際の現実に即した行動を選択する余地が生まれるのです。


今日お伝えしたことについて、もう少し詳しく学びたい方は、下記の本をお薦めします。
入り口としては分かりやすい本だと思います。