これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

人生を変える、価値の言語化

私たちは思考に意識が囚われてしまうと、苦悩という名の底なし沼にはまり込んでしまいます。
思考は仮初の現実を、頭の中に何度でも作り出します。
解決しようといくら頑張っても、頭の中の苦しい現実は無くなることがありません。
それでも私たちは何とかしようとして、必死にもがき続けているわけです。


その結果、私達は思考にばかり意識を向け、いま、この瞬間に起こっている出来事を意識から外します。
根本的な問題は、行動が「頭の中の現実」に合わせたものになってしまい、実際の現実に沿ったものにならないことです。
実際の現実への感受性が低下し、現実に適応する行動が抑制されてしまいます。


私たちが悩みの底なし沼から抜け出すためには、まず「頭の中の現実」に囚われた状態から脱却しなくてはなりません。
思考の囚われから脱却するには、五感で受け取っている刺激に意識的になるのが1つの方法です。
考えることよりも、いま実際に何を見て、何を聞いて、何を感じているのか…
そこに意識を向けます。


そこにあるものが、いま、この瞬間にあなたを取り巻いている現実なんです。
それ以上でも、それ以下でもありません。
ことさら良くとらえる必要もありませんし、悪くとらえる必要もありません。
それらの行為は、思考への囚われを生み出すだけです。


「いま、この瞬間」を五感で捉えられるようになれば、思考によって作られた「頭の中の苦悩」を回避する行動を抑えられます。
そうすると、実際の現実に即した行動を選択する余地が生まれます。


では、どんな行動を選択するのか?
そこが次の鍵となるところかと思います。


現実に即した行動を選択する目的は、何でしょうか?
それは次から次に変化を続ける現実に対して、あなたが納得できる形で適応していくことです。
納得のいく形とは、

  • あなたの価値の実現に向かっている

ということを意味しています。
大切なことを大切にすること、と捉えていただいてもOKです。
私は次のように考えています。

『どのような状況におかれたとしても、
 その人が自身の価値に沿った行動を選択できるなら、
 それは必ず力となり人生をより良いものにする。』


私たちの人生に行き詰まりをもたらすのは、常に「制限された選択」です。
問題に対処するために、あるいは何かを成すために、1つか2つくらいのパターンしか選択肢を持ち得ず、それらの「いつものパターン」を選択し、そして「いつもの結果」を得る。
現実はまるで変わりません。
いつしか、私たちは無力感に苛まれるようになります。


ですから、私たちは新たな選択肢を持たなければなりません。
苦悩に基づく制限された選択ではなく、価値に基づく可能性のある選択を。
そのために必要なのは、価値を明確に言語化することです。


考えてみれば、私たちのほとんどは、苦悩を言語化するのは非常に得意で頻繁に行なっていますが、価値を言語化することはあまり行なっていません。
言語化されると、それが口に出されたものだろうと、単に頭で考えたものだろうと、仮初の現実を作り、それに沿った行動のルールを機能させます。
ですから、思考の囚われから抜け出すことで苦悩の言語化を抑制し、自身の「大切にしたいこと」「在りたい姿」を明確にすることで、価値の言語化を促進するのです。
私はこれが唯一無二の方法だとは言いませんが、私の知る限りは、最も妥当な方向性を示した考えだと思っています。