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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

好きを貫くと、最終的に自分を助ける。

人と人が関わり合いを持つ社会の中で生きるには、周囲から評価されることがとても重要な意味を持ちます。

周囲から評価されている人は、その集団において高い影響力を持ちます。同じ事を言ったり、やったりしても、そうでない人に比べて注目されやすいですし、信用もされやすいです。評価されることは、僕たちが社会で生きていく上で、思いの外、重要なことだと思ってください。

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photo credit: *vlad* via photopin cc



評価されることのメリット

評価を集めることの具体的なメリットは、いくらでも上げられそうですが、パッと思いつくものだと・・・

1. 機会が増える

仕事などで評価されている人の元には、新しい仕事のチャンスが舞い込んで来やすいです。会社で働いていても、独立していても同じです。お客様や上司、ビジネスパートナーから声がかかることが増えます。選択肢がどんどん増えていきます。

2. 成果を獲得しやすい

評価されている人は、成果を得やすくなります。優秀な人が一緒に働きたがってくれますし、周囲の人の信頼も最初から高いですので、思う通りに仕事を進めやすくなります。独立している人であれば、この人の商品・サービスなら・・・という感じでお客様も集まりやすくなります。その分、収入も増やしやすいです。

3. 他人に機会を与えやすい

評価されている人は、他人に機会を与えることができます。例えば僕がすごく沢山の評価を集めていたとして、その僕が誰かを推薦したとしたら、その人には一時的にたくさんの注目が集まります。それはその人にとって、貴重なチャンスになります。


考えれば、他にもたくさん出てくるでしょう。

なぜこんなにも様々なことが有利に働くかというと、私達が何事かを成す際には、そこに必ず他人との関わりが存在するからです。人々との関わりが存在する以上、人々からみて「自分がどうなのか?」は影響を与えます。

関係する人々からの信頼を勝ち得ていないのに、そこで成果を出そうとしたり、自由に振る舞おうとしたりするのは、社会の法則に反した行為だと言えるでしょう。

だから、「ゼロからスタートする場合は、いきなり成果を求めるのではなく、まずは評価されることに集中して取り組む。」のが戦略的に正しいと思われます。

評価されることを目指すのは、
自分らしくない辛い生き方なのか?

さて、「評価されることを目指す」と書くと、自己啓発等でよく言われるある一つの疑問が出てきます。それは、

  • 評価されることを目指すのは他人基準の生き方であって、自分らしさからは程遠い辛い生き方になる

というものです。


他人基準の生き方とは、自分の行動の善し悪しを全て他人の評価に委ねる、ということです。

誰かの許可がなければあることをやって良いか分からない、これが価値あるかどうかの判断も他人の意見に左右される・・・など。感情的には不安や恐怖、苛立ち、怒りなどのネガティブな感情と、他人に受け入れられたときの安心感、安らぎ等のポジティブな感情とを、行ったり来たりすることになりやすいです。

で、この生き方は確かに辛いのです。他人への依存度も高くなり、依存している相手によっては本当に酷いことになります。


ただ、これと評価は全く別物なんですね。

この2つは分けて考える必要があります。つまり「評価される・されない」と、「自分基準・他人基準」という2つの軸が存在しているんです。具体的には、次の4つの組み合わせで考えると良いでしょう。

  • (1)自分基準 × 評価される
  • (2)自分基準 × 評価されない
  • (3)他人基準 × 評価される
  • (4)他人基準 × 評価されない

評価を求めるのは他人基準という場合、上記のうち、(3)について言及していますし、評価じゃなくて自分らしさが大切だという場合は、(2)について言及しています。

しかし、実は僕たちには(1)の可能性が残されているんです。もし、自分らしく在りながら、同時に周囲からも評価される状態があるなら、それについて考えてみる価値は十分にありますよね。

人に役立ち、喜ばれる

では、そもそも評価されるために必要なことは何でしょうか?

色々考えることはできますが、ひじょーにシンプルに表現すると「人助け」です。人助けといっても、社会問題だとか大きな事を考える必要はありません。

いま僕たちが繋がっている人達に対して、自分のできる範囲で、相手の役に立つことです。それが上司であっても、部下であっても、同僚であっても、お客様であっても、ビジネスパートナーであっても、友人であっても。

もちろん、僕たちは人間ですから完璧にはできません。が、少しでも相手を助けられることがあると気付いたなら、それを実践しておくことをおすすめします。人助けの積み重ねが、僕たちに評価をもたらすからです。

できることを伸ばすために、好きを貫く

また、もう一点考えるべき事があります。

誰かの役に立つためには、僕たちに何か「できること」が必要です。人助けは、誰にでもできるようなちょっとしたことでもOKです。ただ、やはり、できることのレベルが高ければ高いほど、或いはできることの幅が広ければ広いほど、相手の役に立てる場面は増えてくるでしょう。

だから、自分の「できること」を伸ばすのは、評価を獲得するという意味で大切になります。


では、できることを伸ばすには、どうすればいいでしょうか?

何かをある一定以上の「質」でできるようになるには、基本的に「量」が必要になります。実践した経験の量であったり、練習の量であったり、知識の量であったり。

量は質に転化します。量なくして高い質は得られないのです。


しかし、それだけの量の実践経験や練習は、容易にできるものでしょうか?

会社の仕事や受験勉強などの、強制させられる環境があれば、ある程度は可能です。しかし、そうでない場合はなかなかハードルの高いことだと思います。

実はここで「自分らしさ」が関わってきます。僕たちは、自分のできることを高め、増やすために、"長時間それをやり続けても苦痛でない何か"に集中すべきです。つまり、「好きなことに集中しなさい」ということです。

「好きなこと」とは、もう既にやっていること

好きなことは殊更探したりするものではありません。今の自分が、自然に夢中になれるようなものです。

例えば、僕であれば

  • 興味を持ったものについて理屈っぽく考えること
  • 興味を持ったものに関する情報を入手すること
  • 興味を持ったものについて理屈っぽく表現すること

等が該当します。これらが好きなので、僕は自然と多くの時間を割いています。そうしてできるようになったこと、分かってきたことは、僕にとって人助けに活用できる貴重な資源となっています。

好きを貫けば、できることが増えていきます。そのできるようになったことで、相手を助けましょう。

その流れを作っていけば、究極的に僕たちは「好きなことに夢中になっているだけなのに、その成果を心待ちにしてくれている人達がいる」という環境に行き着くことになります。