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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

”やってみる”を促すのに行動分析学は使えないのか?

ABA-LABO読書会から、面白い部分をテキストでピックアップ!第2回目『メリットの法則』読書会の19:50付近から。

https://www.youtube.com/watch?v=mo3G3iTK19c#t=19m50

登場人物:榎本、齊藤、塚本、矢野(五十音順、敬称略)

 

矢「本とか読んで、これすごい方法だからやってみようと思っても、やらないじゃないですか。」

榎「そうですね。」

矢「それって、やらないのは過去、強化されたことがないからだと思うんです。」

榎「そうそうそう。」

矢「だから、新しいことやるって、そもそも難しんですよね。」

榎「難しい。人間だったら言語があるから、まだ新しい行動を…」

矢「ルール支配行動」

榎「そう、あるんですけど、動物だったら体験してみないと、次にやろうということには…”やろう”と意思のように言っちゃだめか、次にやるってことはありえない。」

齊「そう考えると、行動分析学っていうのが、人に与えられる影響っていうのは、一番最初の初体験というところに関しては結構難しくて、それ以降の習慣的な行動に影響を与えるのはできるってことですか?」

矢「んー」

榎「でも、(習慣化の)前も含めた研究をしている学問だと思いますね。」

榎「弁別刺激だ、先行刺激だというのを見るわけです。その辺りまで含めてみていますよね。遮断だの確率操作だの…はじめての行動を起こすという部分も含めて研究対象にはなっている。」

齊「うん」

矢「最初の行動…どういう立場で関わるかにもよるんですが、自分で行動分析学の知識を持っていて、何か新しいことを学んで、これやってみたらいいんじゃないかと分かったとするじゃないですか。」

矢「行動分析学の知識を持っていたら、まずは体験しみてることが何よりも重要だっていうルール支配行動みたいなものが働くと思うんですよ。」

矢「だったら、ぐだぐだ言わずにやってみるという行動が促される可能性が、少し上がると思うんです。でも、行動分析学の知識が無いことで、やってみるのが大切だということは聞いたことがあっても、もう少し理解してからの方がいいんじゃないかって、知識を求める方に行っちゃうかもしれませんよね。」

矢「でも、知識を求めても、行動は起きないので…やってみるのが大切っていうのが明確に分かる。明確に分かれば、そこにルールが働く可能性があるので、最初の一歩を踏み出しやすくなるかもいれない。」

矢「あくまで可能性の問題ですけど。」

矢「で、誰かを支援する立場になったなら、いかにやってみるというのを後押しするのが大切だって分かるわけですよね。」

齊「やってみるというのを後押しするのに、この学問を上手く利用することはできないのかな、て。」

矢「できますできます。」

榎「私が良く言うのは、ずれちゃってたら申し訳ないんですが、こう分かれ道がある、こういうふうに(ホワイトボードに記述)この人が分かれ道に差し掛かった。どちらかが目的地なんですが、それが分からない。で、行動できないんです。」

榎「この人に対して行動させるにはどうしたらいいか。ということで、こういう(矢印をホワイトボードに記述)道標があればいい。行動を引き起こすために、こういうものが使えるんだよっていう、たくさん研究があるんです。」

齊「ふーむ」

榎「で、この人が一回行けば、次から同じ場所に差し掛かったら分かるわけです。これと同じように、はじめてやるって人が何もわからない状態だと、行動が引き起こされないわけです。」

榎「ま、もちろん、生まれてから今までに蓄積したものから推測してチャレンジってのもあるわけですけど、それが全く無い状態だと(推測などが)働かないので、そういう時に先行刺激を操作することで望ましい行動を引き起こす。」

榎「で、これをやった後に学習があって、目的地に行けたという好子出現によって、次からは矢印がなくても行くことができる…というような(学習の)デザインになるんですかね?」

矢「という意味では、この原理原則をどういうところで使うのか、というのが大切なのかなと。」

 

続きは動画でどうぞ!