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これ僕.com:行動分析学マニアがおくる行動戦略

意図と行動のギャップから生じる「不自由さ」への挑戦。果たして僕たちに自由はあるのか?

僕たちはこの「解釈の時代」にどのように辿り着いたのか

前回、僕たちは解釈過多の時代に生きていると書きました。引き続き、解釈過多の時代におけるメリット、デメリットを考察してみようと思います。

 

まずはパラダイムシフトを押さえておこう

ただその前に、こういった社会の傾向を捉えるにあたって、知っておいた方がいい概念があります。それが「パラダイムシフト」と呼ばれるものです。

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photo credit: fm1436 via photopin cc

パラダイムとはその時代の多くの人が「そうすることが当たり前」と考えているような事柄のことで、僕たちの生き方の傾向を示すものでもあります。このパラダイムに変化が起き、後戻りのできない”決定的な楔”が時代に打ち付けられた時、僕たちの社会にパラダイムシフトが起こります。

つまり、僕たちの生き方が変わるのです。僕たちはいま、インターネットの普及という楔によって、パラダイムシフトの渦中にいると言われています。

 

その時代に共通する倫理観とは

パラダイムシフトが起きることは、僕たちにとっての「そうすることが当たり前」が変わることを意味しています。解釈過多の時代へとシフトする中、僕たちの当たり前はどのように変化しているのでしょうか。そのことを理解するためには、次の視点が欠かせません。

  • 僕たちは、豊富なものをたくさん使うことはカッコイイという美意識と、不足しているものを節約するのは正しいという倫理観を持っている

この根本的な人としての性質が、その時代の「当たり前=パラダイム」を形成します。つまり、その時代において、何が豊富で何が不足しているのかを知れば、その時代の「当たり前」を、ある程度は理解できるということなのです。

 

パラダイムシフトの歴史

少し、人類の歴史を振り返りながら、パラダイムシフトの例をみていきましょう。

①狩猟時代

はるか昔、僕たちが主に狩猟で食べ物を確保していた時代の話です。日本でいえば、縄文時代でしょうか。食べ物を確保するのが大変な時代でしたので、常に食料が不足していたはずです。

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photo credit: Piulet via photopin cc

狩猟で得た食料は大変貴重で、皆で分配し、大切に扱っていました。食べ物とは、自然や神からの恵みであり、独占して利益を得ようなどとしようものなら、たちまち蔑まれていたことでしょう。

反対に、労働という概念は無かったようで、余暇の多い社会でした。その有り余る時間を思う存分、思索に当て、随分と精神性を高めていったようです。

縄文土器などをみると分かるのですが、様々な装飾が施されています。単に道具として使うには、かえって不便なくらいです。これらの土器は、祭祀具としての側面があったのではないかと言われているそうです。

 

②農業革命

しばらくすると、農業が普及し始めます。農耕社会では食べ物を自分たちで生産することができますので、徐々に食糧不足が解消していきます。今日食べるものの確保に一生懸命だった時代は、終わりを迎えます。

森林を開拓し、土地を確保し、耕し、作物を植え、育てます。そのための道具も、より効率的に使えるよう進化しました。狩猟時代と比べて、物質的に豊かな時代と言えるでしょう。

また、土地を所有するもの、農地を耕すもの、道具を作るものなど、自らの役割に自覚的になった時代だとも言われています。役割をしっかりと果たすことが良しとされた社会です。狩猟時代とは随分違った様だったことでしょう。

 

③宗教の発明

その後もパラダイムシフトは起こり続けます。

開拓を続けた結果、森林資源が不足し、農耕社会の拡大が難しくなると、資源を豊富に使う生き方に否定的になります。不足するものは節約するのが、僕たちの正しい倫理観だからです。物質重視から再び精神性を重視し、清貧を良しとする社会へとシフトしました。

中世ヨーロッパでキリスト教が権力と結びついたのも、この辺りだと思います。たくさんの宗教色の強い芸術品が生まれた時代でもありますが、精神性を重視するという背景も影響したのではないでしょうか。レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの生きた時代ですね。

 

④産業革命

その後、新大陸(ヨーロッパから見て、ですが)が発見され、新たな資源が確保できると分かった時、大航海時代へと突入します。新大陸から次々と資源が本国へと送られ、産業革命が起きます。

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photo credit: Bill Gracey via photopin cc

科学が最も輝いていた時代かもしれません。蒸気機関などの機械もたくさん発明され、実用化されました。僕たちの生産性は、過去類を見ないほどに飛躍したわけです。

機械化された工場で働く人がたくさん求められ、それが今の教育の在り方の原型になったとする考え方もあります。個性や特性を伸ばすよりも、「時間通りに、指示通りに、決まったことができる労働者」が必要だったのでしょう。

 

そして解釈の時代へ

そういった拡大志向も長くは続きません。無尽蔵だと思われた石油資源には限りがあって、しかも思いの外、残りが少ないことに気づいてしまいました。オイルショックです。

その影響を引きずる中、もう一つの大きな変化が起きました。それがインターネットの普及による情報革命です。確か僕が大学生くらいの頃に、情報革命という言葉が流行りました。

それからしばらくして、情報革命は農業革命・産業革命程、大きなインパクトはもたらさないのでは…といった論調もありましたが、今となってみては【僕たちの社会に後戻りのできない楔】を打ち込んだ大きな変革だったと思います。

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photo credit: Stuck in Customs via photopin cc

かくして、僕たちは解釈過多の時代へと突入していくのでした。

 

うつりゆく僕たちの価値観 

尚、パラダイムシフトが起きると、僕たちはそれ以前のパラダイムの価値観が理解できなくなります。例えば、「時間通りに、指示通りに、決まったことができる労働者」を作ることが教育の目的だと言われると、僕たちは何となく嫌な気持ちになるのではないでしょうか。

でも、産業革命当時のパラダイムを想像すれば、そういった教育によって多くの人の能力が底上げされ、職につくことができるようになったのです。一部の貴族や地主にしか許されていなかった豊かな暮らしを、一般の人も努力次第で手にするチャンスを得ることができたわけです。

これは想像ですが、当時の人にとっては素晴らしいことだったのだと思います。

 

パラダイムシフトの説明だけでかなりの文量になりましたので、今回はここまでにしておきます。

 

参考文献 

今回のパラダイムシフトの説明は、ほぼこの本の受け売りですので、興味を持った方は一読されるのをおすすめします!

評価経済社会 ぼくらは世界の変わり目に立ち会っている

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